KURSレポート
KURSや仲間の活動情報をタイムリーに。
KURSや仲間の活動情報をタイムリーに。
2025.11.29
2025年10月25日、近畿生コン関連協議会(以下、KURS)を構成する労組のひとつ、全日本建設交運一般労働組合関西支部(以下、建交労または関西支部)が、結成から60周年を迎えたことを記念して、新大阪ワシントンホテルプラザ(大阪市淀川区)において記念レセプションを開催した。
当日はあいにくの雨にも関わらず、労使双方から約150名の方々がお祝いに駆けつけ、控室では開場前から和やかな雰囲気に。定刻になり、参加者や来賓の方々は弦楽四重奏の生演奏が流れる会場へ入場。プログラムは終始スマートな演出に終始した。お招きした方々も労働組合関係者だけでなく、一般社団法人西日本建設関連オーナー会(以下、オーナー会)の顧問や、労使関係を締結していただいている生コンプラントオーナーなど経営者側の皆さんもお招きしている。経営者側からお祝いをしていただけるのは、この業界の労使関係が上手くいっている証拠だ。
これは関西支部が、経営者側に対して対立関係ではなく、双方が相手の立場を尊重し、<話し合い>で解決するという紳士的かつ民主的な姿勢、また労働者の処遇改善については、まず<業界の持続的発展>を優先することを、自の組織や関係するKURS、KLWS(関西労供労組協議会)での活動において、実践してきたからだ。労使がこぞって、結成60周年の節目を祝う和やかな空気が流れる中、レセプションは、主催者側執行委員長、本多裕重氏の挨拶からスタートした。
本多氏は挨拶の中で、参加者や参加団体への感謝の言葉をていねいに述べると共に、関西支部結成へのきっかけとなった<全自運関西地区生コン支部>の結成から<運輸一般関西地区生コン支部>への組織変更、さらには<建交労関西支部>へと発展する活動と闘争の歴史、また武一派(後の連帯労組)との闘争と決別、そして友好3労組と共に<KURS>や<KLWS>を結成し、オーナー会との集団的労使関係の確立に至った歴史を振り返り、「今年、関西支部は60年という節目を迎えますが、これもひとえに先達たちが厳しい闘争の中、また血と汗と涙が滲むような運動の中で勝ち取った権利や条件が、我々の礎になったことは間違いありません。60年は、人間で言えば<還暦>。つまりお祝いです。このレセプションは、岡元顧問(建交労関西支部顧問岡元貞道氏)を中心に、支部の実行委員会の皆さんが1年かけてつくり上げました。(これは御祝であると共に)還暦、つまり60年かけて暦が巡ってくるということで、私はここから新たなスタートが切れると思っています。我々関西支部は、還暦という節目を迎えましたが、これからも古希、傘寿…そして大還暦と、ますます発展することを宣言しまして、ご挨拶に代えさせていただきます」と、レセプションの幕開けということもあってか、いつになく終始緊張の面持ちで挨拶を締めくくり、続いて来賓からのお祝いの言葉をいただく運びとなった。
60周年の流れを振り返りつつ開会の挨拶を行う、建交労関西支部執行委員長の本多裕重氏。
最初の挨拶は、関西支部の上部団体である、建交労中央本部副執行委員長の森谷稔氏からだ。
森谷氏は、関西支部へのお祝いの言葉に続き、冗談で会場の雰囲気を和らげながら「関西支部との出会いは、建交労結成時に遡ります。結成当初の中央執行委員をしておられた平岡さん(元建交労関西地区生コン支部執行委員長平岡義幸氏)が、役員を交代される時に「こんど関西から、相当変わった者が役員として来るからよろしく頼む」と言われたのを覚えています。それが皆さんご存知の、現在の岡元顧問のことでした(笑)。岡元顧問を筆頭に関西支部の皆さんは、相当変わった者ばかりの集団だと思います。しかし労働組合の本質は<現状を変革する>こと。先人がやれなかったことに挑戦するのが、労働組合の本当の姿だと思います。その意味では、変わり者でなければ変革はできません。変わり者集団、関西支部が(これまで多くの)新たな領域に挑戦して、今日の到達点を築いたのだと思います。〜中略〜世間には<ウダツが上がる>という言葉がありますが、立派な<建交労会館>を建てて維持している関西支部は、全国の建交労組織のランドマーク的存在でもあります」と続け、最後には今後を担う若手に対し「労働組合も人間集団ですから、様々な内部矛盾を抱えたり、組織的には一進一退の時もあると思います。その時、大切なことは<小異を捨て団結する>こと。また<過去の歴史に学ぶ>こと。先人の苦労を正確に評価して、自分たちを抑制的に評価することも大切です。万有引力を発見したエジソンは「自分は巨人の肩の上から遠くを眺めただけだ」と言ったそうです。巨人とはコペルニクスやガリレオのこと。先輩方の研究がなければ、自分の発見はなかったと言ったそうです。関西支部にも世代交代や幹部の入れ替わりがあるはず。その時、若い幹部の方々は、60年の支部の歴史を学び、先人の苦労を知る必要があります。60年の歴史をつくった先輩、つまり巨人の肩の上に立って、これからの歴史をつくっていただきたいと思います」。興味深いエピソードを交えながらエールを送り、最後には「関西支部の皆さん、もし支部に何か問題が発生したら、ぜひ私にご一報ください。関西支部の守護神と自称している私、森谷が駆け付けます!(笑)まぁ、解決をするのは顧問弁護士の先生ですから大丈夫であります!」。森谷氏は笑いと喝采の中、挨拶を終えた。
来賓からのお祝いの挨拶でトップバッターを務めた、建交労関西支部の上部団体、建交労中央本部副執行委員長の森谷稔氏。
続いての来賓は経営者側から、オーナー会顧問の木村貴洋氏だ。木村氏はお祝いの言葉を述べたあと「私は昭和56年に生コン工場に入社して、2000年に大阪に帰ってきました。(建交労とは)それからの長い付き合いです。経営者会もありました、連帯労組とも色々ありました。皆さんは、私の顔はご存じかと思いますが、もう…当時は、罵声を浴びながら耐えに耐えて、春闘とかやっていました。〜中略〜(私も色んなことがありましたが、建交労も)これまでの歩みの中で、60周年を迎えられたということで、皆さんご一緒に岡元顧問に、もう一度大きな拍手をお願いします(拍手)。顧問、ありがとうございました。まぁ…「経営者の手先」とか色々言われながら(笑)、建交労をここまでもってこられたのは立派でございます。まぁ、社会情勢も変わってきまして、新しい女性の首相も出てきた。2024年の日本の労働人口は6,957万人。その中で労働組合に入っている人が16.1%。16.1%というと991万数千人。こういう数字が今の世の中を表しているということです。〜中略〜(このような中で)現在の関西支部と我々業界団体との関係、オーナー会との関係が構築されているということが(どういうことか?を)、組合員の皆さん、ぜひともよく(理解して)覚えていただいて、今後(業界が)発展する中で何が必要かと(考えていただきたい)。よく経営者と労働者はクルマの両輪と言いますが、両輪を越えて寄り添うことが大切。寄り添わないと前へ進みませんから。努力や認識の足りない経営者もいますし、努力や認識の足りない労働者もいる。その中で、労働組合が何をするのかというと、努力や認識の足りない労働者には、教育面でフォローしてあげないといけない。これからの課題ですよね。労働組合運動という思想は良いと思いますけど、それプラス何かが要りますよね。組織を維持管理運営するには。このスパイス(何か)をもう少し加えると、今後、我々が生きていく中での労働組合の位置、地位がきちっと確立されるということ。16.1%は非常に残念な数字ですよね。欧米から見ると非常に低い水準です。そんな中で労働組合の意義というのを、ぜひ見出していただきたい。労働組合は必要です。結成60周年を迎えて、まだこの先ずっとありますので、世代交代も進めていただき、そして建交労バンザイ!ということで、今後の発展を祈願いたしまして私の挨拶とさせて頂きます」。木村氏は、お祝いの言葉の中で、時には自らの経歴を振り返り、時には記事に反映しづらい自虐ネタや冗談を散りばめながら労働組合に、労働者に、関西支部に、そして次代を担う若手に対してエールを送ってくれた。
さまざまなエピソードで会場を沸かせ、労働組合の現状分析と問題を提起し、今後の方向を示した、オーナー会顧問の木村貴洋氏。
木村氏に続き、あたたかい御祝いのメッセージをいただいたのは、KURS、KLWSを代表してKURS議長の寺岡正幸氏だ。
「我々KURS・KLWSは、11団体、1100名以上の組合員を有しておりますが、その中で、主導的立場で活動しているのが建交労関西支部。とりわけKURS岡元事務局長(関西支部顧問)のイニシアティブの元、役員一同、一生懸命ついていっているというのが現状です。そして実は、関西支部本多委員長とは同級生です。20数年前、不正防止委員会の委員として一緒に活動したのがお付き合いのはじまりです。非常に誠実で(気持ちの)真っ直ぐな人柄で、(同級生ながら)敬意を表しておりました。(一方)建交労と生コン産労(連合・生コン産業労働組合)はこれまで、近づいたり離れたりという歴史がありました。そして7年ほど前に建交労、生コン産労、UA(UAゼンセン関西セメント関連産業労働組合)、全港湾(全日本港湾労働組合)、連帯労組(全日本建設運輸連帯労働組合(連帯ユニオン))の5労組で共闘した時期もありました。にもかかわらず、とある労組があまりにも独善的な、労働組合を看板にした労働組合らしからぬ言動や蛮行に辟易とし、決別した時に相談にのっていただき、共に行動したのが建交労関西支部でした。まぁ、共に行動すると言うのはおこがましいのですが、いろんな変化に対応するすべなどを(教わり)、岡元顧問に精一杯ついて行ったと言うのが真実です。それから建交労の役員の皆さんとは、同じベクトルを持って、肝胆相照らす仲になったと自負しています。今後ともよろしくお願いいたします」。寺岡氏はこのように語り、建交労との信頼関係の歴史を振り返りつつ、お祝いのメッセージを締め括った。
KURS、KLWSを代表してお祝いの言葉を述べるKURS議長の寺岡正幸氏。
4人目のお祝いは、関西支部の常任弁護団を代表して、北大阪総合法律事務所弁護士の徳井義幸氏からいただいた。徳井氏は挨拶に先立って、常任弁護団の若手弁護士、谷真介氏と、事務局のように弁護団を26年間支えてくれた三澤裕香氏を紹介。続いてお祝いの言葉を述べた。
「実は私は今年、弁護士生活40周年になるんですが、弁護士になって1年目から、本日お越しいただいている先輩弁護士の芝原さん(奥村・芝原法律事務所の芝原明夫氏)の指導のもと、関西支部関連の事件の弁護をやりはじめました。私が40周年、関西支部が60周年ということで、感慨深いものがあります。関西支部の代理人として弁護をしたのは何百件あったかなぁ…、とにかく、あらゆる領域の労働事件に40年間、取り組ませていただきました。労働弁護士として一人前になれたのも、関西支部のおかげではないかと思い、お祝いと共にお礼も申し上げたい。ありがとうございます(笑)。関西支部の運動を見ていていちばん印象的なのは、やはり労働組合ですから労働者の地位向上、労働条件の維持向上というのが目的になる訳ですが、(関西支部は)使用者側も中小の業者さんだということを前提に、労使の接点、共通の土俵を見出して一緒に達成していくという、創意工夫のある労働運動をやってこられた。そういう意味では(私も)いろんな組合と付き合いがありますけど、関西支部が非常にイキイキとした組合活動ができている理由は、これではないかと実感しています。この特長を生かして70年、80年とやっていただけたら、いいのではないかと思います。木村さんからのお話しに、日本の労働組合の組織率が約16%。100人の労働者の中の16人。しかも実態は民間大企業(の組合)が組織している労働者が圧倒的大多数。それが今の日本の現状だろうと思います。日本の中では労働組合が市民権を得ていないというのが現実。そういう中で、関西支部がこれまでの実績を活かして、この現状を切り開く運動を今後も続けていただけたらと思います。これまでのお付き合いの中でいちばん印象深いのは、建交労会館が出来た時の挨拶で、これまで岡元さんから着手金や報酬を値切られていたけど(冗談です(笑))、それがこの会館に変わったのか…(笑)と挨拶したのを覚えています。まぁ、我々はもういいんですが、若い弁護士を育てようと思ったら、岡元さん、今後は気持ちを入れ替えて、弁護士の費用は値切らないようにお願いいたしまして(笑)、60周年を心からお祝いしたいと思います」。40年というお付き合いの深さに裏付けされた、的確かつ楽しい徳井氏の挨拶は、会場の笑いと喝采を誘い、和やかな雰囲気のうちに終了した。
岡元氏とのエピソードで冗談を交え、会場を沸かせつつお祝いの言葉をいただいた、北大阪総合法律事務所弁護士の徳井義幸氏。
プログラムは進み、来賓からのお祝いの言葉をいただいた後は、60周年を祝っての鏡開きだ。ステージ上に並んだ2つの樽の周りには、建交労から関西支部執行委員長の本多氏、中央本部執行委員長足立浩氏、オーナー会顧問木村氏、関西広域輸送協同組合理事長の江川茂男氏、橘商事会長(前オーナー会会長)の菅生行男氏、KURS議長の寺岡氏、建交労常任弁護団代表の徳井氏、関西労供労組協議会議長の松居順一郎氏の8名が並び、会場からの掛け声と共に木槌が振られて、めでたく鏡鏡開きが完了。続く乾杯では、奥村・芝原法律事務所の弁護士、芝原明夫氏による発声で、滞りなく乾杯の音頭がとられた。
開場からの「ヨイショ!ヨイショ!ヨイショ!」の掛け声と共に、60周年を祝いう鏡開きが行われた。
建交労関西支部とは古くからお付き合いをいただいている、奥村・芝原法律事務所の弁護士、芝原明夫氏の音頭で、乾杯の発声が行われた。
御来賓の皆様からいただいたお祝いの挨拶の中には、なるほど!とうなづける言葉が随所に織り込まれていたので、ここで少し紹介したい。
森谷氏からは<変わり者でなければ変革はできない><小異を捨てて団結すること><過去の歴史に学ぶ>。木村氏からは<今後(業界が)発展する中で何が必要か?と(考えていただきたい)><労使はクルマの両輪を越えて、寄り添う><努力と認識の足りない労働者は教育面でフォローしてあげる>。そして徳井氏からは<使用者側の皆さんも中小の業者だということを踏まえて、労使の接点というか、共通の土俵を見出して一緒に達成していく>…など。どの言葉もそれぞれお祝いの言葉の形を借りて、関西支部の今後の発展のために、また労働者が新たな道を歩んで行くために大切にすべきこと、考えなければならない多くのことを伝えてくれた、貴重な言葉ばかりだ。多少厳しい言葉もあったが、関西支部の将来ことを考えた上での叱咤激励と受け止められるのではないだろうか。
しばしの歓談の後、今回のレセプションのメインイベントとも言える、ムービー『建交労関西支部結成60周年記念ムービー』の放映が行われた。このムービーは、この場のお客様と共に建交労の活動や闘争の歴史を振り返り、今後の目指すべき方向を提示するために、60年間の歴史を20分程度にまとめたものだ。これを見るだけで、建交労関西支部の歴史をご理解いただける内容となっている。若い組合員の皆さんは、是非とも画像の下のアドレスをクリックしてご覧いただきたい。
ムービー放映の後は、硬い話からしばし離れて、エンターテイメントの時間となった。会場を駆け回り、参加者を巻き込んでの、サックス&風船マジックのパフォーマンスや、皆さんお馴染みの曲を華麗にアレンジした弦楽四重奏の演奏などでお楽しみいただいた。
サックスを吹きなから元気に会場を飛び回り、マジックやバルーンアートで会場を沸かせたパフォーマンス。
クラシックだけでなく、懐かしい『坂本九』メドレーや、お馴染みのTV番組『情熱大陸』のテーマ曲など親しみのある曲を、弦楽四重奏で演奏。
お楽しみパフォーマンスも終わり、60周年記念レセプションもいよいよ大詰め。最後は、これまで実質的に建交労関西支部をけん引してきた、建交労関西支部顧問の岡元貞道氏による締めの挨拶だ。満面の笑みを湛えた岡元氏がステージに上がった。
「本日は足元の悪いなか、またお忙しいなか、最後まで長時間お付き合いいただき本当にありがとうございました。この60周年レセプションを開催するにあたって、支部の常任委員会が実行委員会となって、皆で何とかつくり上げました。また(このたびは)オーナー会から多額の寄付もいただきました。ご列席の皆様にも、たいへんご無理を申し上げました。誠にありがとうございます。それにしてもこの60年、本当に<光陰矢のごとし>です。私がこの業界に入ったのが23歳で、ちょうど53年前になります。組合運動をやりだしたのがその3年後だから50年。(私は)ただ長くおるだけで、こうして皆さんと知り合っていろんな知恵をもらって、なんとかここまで来ました」。さらにこの後、岡元氏は、ステージ前の御来賓席に座る木村氏や会場の方々と漫才のようなやり取りをしながら、50年の間で特に印象深い3つエピソードを爆笑のうちに紹介。多少記事にはしづらい内容なので、ここでは割愛させていただくが、興味のある方は、直接、岡元氏の口から聞いていただきたい。そしてこの日をつくり上げた実行委員会のメンバーをステージに上げ、ひとりひとり紹介。「この8人で企画を考え皆さんのご協力を得て、この日を迎えることが出来ました。本当に、ありがとうございました。労働組合なんで、本来は<団結、頑張ろう!>の三唱で締めるんですが止めておきます。ありがとうございました!」。あたたかい拍手と、笑い声につつまれるなか、締めの挨拶が終わり、レセプションは盛会のうちに御開きとなった。
満面の笑顔で締めの挨拶を行った、建交労関西支部顧問の岡元貞道氏。
実行委員会のメンバーが紹介された。左から副執行委員長の森田昌志氏、書記長の藤川拓氏、執行委員長の本多裕重氏、顧問の岡元貞道氏、副執行委員長の北村彰氏、副執行委員長の山内真樹氏、事務局の圓尾知恵氏、事務局の金丸涼子氏。
今回の60周年レセプション全体を通して感じられたことは、堅くなく非常にフランクな雰囲気に終始したことだ。
先に触れた、日本の労働組合加入率の低迷や、労働者の若年化、非正規雇用の増加、働き方の変化などの時代背景、労働に対する意識の変化などを総合的に考えると、新たな時代の幕開けいつまでも従来のやり方を続けていて、これからの労働者に選んでもらえるだろうか。このたびの60年の節目は、そのことを暗に示してくれた。
もちろん建交労関西支部は、労働組合の運動やこれまでの闘争の歴史を否定するものではないし、長年、労働者の置かれてきた状況を忘れることはない。そしてこれからも闘う必要のある場面では闘う。しかし、常に従来の労組然としたファイティングポーズをとるのでなく、まずはお互いの関係性を尊重する事を基本に、話し合いからはじめようということを暗に示したメッセージだ。その場の目的や参加者、雰囲気によって、使い分けをすることも必要ではないだろうか。この暗示は、建交労関西支部の新たな時代の幕開けを象徴すると共に、KURS・KLWSのこれからの進むべき方向を示してくれている。混迷する労働組合運動という道の先に立てられた、新たな道標とも言えるのではないだろうか。
建交労関西支部結成60周年記念レセプションは、たくさんの笑顔と喝采、そして大きなメッセージを残して、大盛会のうちに幕を閉じた。